PMIと人事制度

 PMIにおける人事制度は、譲渡会社における従業員の不安や優秀な人材の離職を招かないためにも重要な論点といえます。不平等な人事評価を行えば、従業員が不信感を募らせてしまいます。特にM&A後には、譲受会社と譲渡会社との間で格差を生む要因となり得るため、早めの着手が必要です。
 例えば、譲渡会社の報酬や人事評価といった制度や仕組みを必要に応じて見直すとともに、譲受会社との整合性をとることで従業員は正当な人事評価を受けていると認識し、仕事へのモチベーションも高まります。あるいは譲渡会社においてこれまで人事制度に不満を持っていた従業員がいるかもしれません。

 人事制度が明確になることで、組織がどのような人材を求めているのかやキャリア目標も明確になります。これにより、従業員は自身がとるべき行動もわかり、目標に向かって努力する意欲が生まれます。業務の属人化が多い中小企業において、貴重な人的資源を失わないためにも、早い段階で人事制度に着手することが必要不可欠であるといえます。

人事制度とは?

 一般的に人事制度とは、人事管理を(主観的に行うのではなく)客観的に評価できる仕組み全般を言います。従業員の処遇を決定するための基本的な枠組みとして「等級制度」「評価制度」「報酬制度」を、「人事制度」ということが多いでしょう。

PMIにおける人事制度

 PMIにおける人事制度では現状を可視化し、譲渡会社の特性も考慮した上でグループ全体での最適な運用を検討、調整していくことになります。このため、実際にはいくつかのステップを踏んでスムーズな運用へ繋げていきます。

現状の分析

 人事領域における戦略、制度などの可視化を行います。

 規程として明文化されたものだけではなく、過去に実態として実行されたものも可能な限り洗い出します。中小企業の多くはルールや制度が未整備で、経営者の裁量で都度対応しているものも多いのが現状だからです。また譲受企業にとっては重要でないものでも、譲渡企業の従業員が重要視しているものは意外とあります。経営が変わった途端に不満や不安が顕在化し、人材流出につながらぬないよう現状を分析し洗い出していきます。

人材マネジメント方針の策定

 人材マネジメントとは、適切な教育を行い、労働に見合った評価・配置を行って、報酬を支払うという一連のプロセスをさします。会社の目標や目的に則した形で反映し、各プロセスを回すことが重要です。

 一方で、PMIにおいて人材マネジメント方針を検討する場合は、譲受企業の方針を譲渡企業側の従業員に適用することも多いですが、互いの会社の人材マネジメント、制度、文化が大きく異なる場合は検討が必要となります。

 例えば、譲渡企業の歴史や背景を考慮せずに譲受企業側の基準へ強制統合した場合、譲渡企業の人材流出やモチベーション低下を招き、ひいては運営するために土台となっていた組織価値を毀損させる可能性もあります。このため、互いの会社における文化や特性を加味した上で両社にとって最適な人材マネジメント方針を検討することが重要であるといえます。

人材移管・配置方針の検討・決定

 移管とは管理や管轄を他に移すこと、かえることをいいます。人材マネジメントでの方針が決定した後、方針に沿い、人材の異動、配置転換を検討していきます。買収スキームにより異なりますが、基本的には対象の従業員へ合意が必要となります。

 場合によっては、譲渡会社から譲受会社へ異動、転籍するケースも考えられますが、その場合は慎重に調整していく必要があります。仮に昇進であっても、従業員にとっては労働条件面での不安のほか、慣れた仕事と環境を企業の意向で手放すこととなり、ときには生活環境が大きく変わる可能性もあります。精神的な負荷がかかる場合も考えられるため、このようなケースでは特に慎重な対応が求められます。

人事制度、施策の統合

 譲渡企業の人事制度や施策の統合について検討を進めます。これらはM&A実施後に、人事制度が統合されずに発生するリスクを検討し、取り除くために必要といえます。

 例えば、人事制度や施策を統合しなかった場合には、同じ業務を行う従業員間で処遇水準が異なり不公平感を醸成することとなります。また異動や交流を行う際に軋轢や不信感が生じるほか、グループで採用した場合の従業員の人事制度を都度検討しなければなりません。ひいては、上司が会社ごとの人事制度を理解した上でマネジメントしなければならなくなります。このようにグループ内で2つの人事制度を運用することで、人事制度に関わる業務が複雑かつ非効率になり、人材配置の制約やモチベーションダウンの要因となります。場合によってはM&Aの効果が実現できない可能性もあります。

 このため、異動時の障壁や不平等の解消、組織文化等の融和、オペレーションの効率化という観点で人事制度・施策の統合を検討することとなります。一方で人事制度の統合は必ず完全に譲受会社あるい新しい制度へ統合するのではなく、グループの目的が達成できるよう柔軟に設計することが必要となります。

コミュニケーションプラン

 一般的な人事制度設計におけるコミュニケーションプランは策定した新制度についてその説明や、評価者側の訓練のことをいいます。一方で、PMIでは前述してきた人事制度等の改定を、従業員が誤解のないよう前向きに捉え、スムーズに移行・定着・浸透するための施策のことを指します。

 制度改定等の趣旨が従業員へ正しく伝達されるよう改定後の目的や処遇などを確実に共有することが大切になります。何をどのような順番で伝えていくのかは譲渡企業が置かれる状況によって異なりますが、不安を解消するための丁寧な策定、説明が求められます。

人事組織体制とオペレーション、システムとの統合

 これまで策定してきた人材マネジメント方針や人事制度、施策等を、効果的に実行していくステップとなります。これらの統合の実現が出来ても、継続、定着していかなければ意味がなく、運用する上で混乱を招くことにつながります。また、M&Aをきっかけにこれまで譲渡企業の従業員が抱えてきた不満が顕在化し、モチベーションの低下や離職希望などへ発展してしまう可能性もあるため、心情面のケアを行いながら統合を進める必要があります。

 一方で、譲渡会社のチームが独自の優れた組織能力を有する場合は、譲受会社組織とは異なるワークスタイルを許容・促進する必要もあり、結果的に一部の統合に留まるケースも考えられます。

チェンジマネジメント

 チェンジマネジメントとは、組織の変革時における効率性を向上させ、成功へ導くべくサポートしていくマネジメント手法のことです。

 PMIでのチェンジマネジメントでは、変革を組織の成功や成果に結びつけていくためには、とくに従業員の心理的な抵抗も考慮し進めていく必要があります。例え良い変化であっても変化への順応には個人差があり、組織として成果へ結びつけていくためには工夫が必要といえます。変革を個人が上手く受け入れられるよう準備し、環境を整備して個人をサポートし続けるために体系的にアプローチしていきます。ジョン・P・コッター氏が提唱した「変革の8段階プロセス」などがあります。